【R3-No.17】研究紹介:大気圧低温プラズマ生成装置の開発および滅菌への応用
工学科電気システム工学コース・教授 米須 章
1.研究背景・目的
現在、医療機関などで利用されている主な滅菌方法には、高圧蒸気滅菌(オートクレーブ)やガス滅菌などがあります。高圧蒸気滅菌は、高温高圧の蒸気により滅菌処理を 行なう方法で最も広く利用されていますが、非耐熱・非耐湿性の材料には使用できま せん。一方、ガス滅菌法は、エチレンオキサイドガスにより低温で処理を行なうこと ができますが、このガスは人体に対しても有毒なため取り扱いに注意が必要であり、 また処理時間が長いなどの欠点があります。これらの滅菌法に対して、近年、プラズ マ用いた新しい滅菌法が注目を集めています。
2.プラズマ滅菌法
放電により生成したプラズマ中には、高いエネルギーを持った電子やイオンが存在します。
この電子が原子や分子に衝突すると、原子や分子はラジカ ルと呼ばれる反応性の高い粒子へと変わります。プラズマ滅菌法では、この ようにして生成されたラジカルが菌と反応することにより菌を死滅させま す。具体的には、放電ガスに酸素を用いた場合、プラズマ中で酸素分子は電 子との衝突により、酸素原子へ解離します。酸素原子は強い反応性をもって おり、生物を構成しているたんぱく質中の炭素結合を切断します。この結 果、細菌は死滅します。プラズマを用いた滅菌は、従来の方法に比べて短時 間での処理が可能となります。また、放電に使用する酸素ガスは取り扱いが 容易で、しかも酸素ラジカルは放電が終了すると直ぐに消滅してしまうため 残留することがありません。
3.大気圧低温プラズマ装置を用いた滅菌
プラズマ滅菌法では、低温での処理を行なうため、通常、低気圧下で生成されたプラズマが利用されています。その場合、真空設備が必要となり、また、連続処理が困難です。一方、大気圧下でプラズマを生成すると 一般にガスの温度が高くなり、滅菌対象物への熱的なダメージが避けられません。これに対し、本研究室で は、大気圧力下でもガス温度が高くならないプラズマ(大気圧低温プラズマ)生成装置を開発しました。本研究で は、この装置を用いたプラズマ滅菌法の開発を目的としています。
図 2 に装置の概略を示します。本装置では、矩形の導波管内部にスリットの入った円筒型のマイクロ波アン テナが設置されています。アンテナ内部には石英管が設置されており、さらにその内部には電極が設置されて います。石英管内に放電ガスを流し、電極に低周波(LF)の交流高電圧を印加すると、まず低周波(LF)プラズマ が生成されます。このプラズマは大気圧下で簡単に生成でき、ガス温度が低いという特徴を持っていますが、 ラジカルの量は少ないためプラズマ滅菌には用いられていません。そこで、導波管内にマイクロ波を導入し、 アンテナのスリット部分に発生する強電界により、プラズマ中の電子にのみエネルギーを与えます。すると、 ガス温度は低いままで、電子温度が高い、ハイブリッドプラズマが生成されます。このプラズマは電子温度が 高いため、滅菌に効果的な働きをするラジカルを多く生成することができます。
これまでに、本装置を用いて実際に滅菌を行った結果、指標菌として用いられる Geobacillus tearothermophilus 菌 106 個を処理時間 1 分で完全に滅菌できることを示しました。また、その際の処理温度 は 82°Cでした。従来の滅菌法に比較して短時間かつ低処理温度での滅菌を達成しました。現在、マイクロ波の パルス化など更なる処理温度の低温化を進めており、医療器具の滅菌以外にも食品関係や飲料容器などの滅菌 への応用を目指しています。